幅広く柔軟な専攻だからこそ必要な、切実なる問題関心

五十嵐理奈

(福岡アジア美術館 学芸員)

私は今、福岡アジア美術館の学芸員として、アジア美術の現地調査・研究にもとづき、展覧会を企画・実施し、それをいかに文脈化するかに取組んでいます。福岡アジア美術館は、世界に先駆けてアジアの近現代美術に着目し、調査・研究、作品の収集・展示、作家の招聘を行ってきた美術館で、その理念は既存の「美術」概念をアジア美術をとおして問い直し、新たなアジア美術の価値を創造しようとすることにあります。西欧で形成された「美術」という制度のなかにありながら、アジアの美術と向き合う仕事は、まさに地球社会研究専攻で学んだ、西欧中心の思考を脱し、現地の文脈に即して問題を考え、それを展覧会という形で具体化する実践の場です。

社会学を学んでいた学部時代、バングラデシュ人労働者のコミュニティで調査をしていた私は、労働者たちが日本社会でネガティブな眼差しを向けられることに対して、本来の自分たちの姿を伝えたいと発した声に触発され、彼らと一緒に文化イベントを立ち上げました。この時、人の懐に入り込むフィールドワークの面白さを知り、人が何かを「表現すること」への関心が深まりました。そこで、文化人類学をはじめ、幅広い分野で柔軟な思考を展開する先生方がいらっしゃる地球社会研究専攻の門をたたいたのです。一見、研究対象になるのか、と思われるような事象であっても、それを受け止める柔軟な姿勢の専攻に対して、ワクワクする気持ちで入学しました。入学後は、バングラデシュにフィールドを移し、刺繍布の商品化過程を事例に、個人や集団、国などの主体が作りだす表現のあり様を研究しました。

地球社会研究専攻の院生たちは、それぞれ明確な問題関心を抱えていましたので、ある研究室の門下生になるのではなく、研究に即していくつものゼミに出席し自分の糧にしていくという、大学院の講義群を自分で編集するような自由で独立した姿勢を持っていました。そのため、ゼミでは異なる調査地域、研究分野の同じ知識を前提としない他者と、いかに共有可能な議論をするかを鍛えられました。また、その研究が学問であるかを常に問われる訓練の場であったと思います。そして、それと同時に、学問界に閉じない、研究成果を社会に還元する生きた学問を後押ししてくれる専攻でもありました。ですから、私も言語による表現の論文だけではなく、より広い一般の人々に届くような、展覧会という表現方法を身につけたいと思い、現在の仕事に就きました。地球社会研究専攻で学んだことが筋力となり、私の今が支えられていると思います。